「先住犬を先にごはんにしないと、順位が逆転する」「飼い主がリーダーにならないと、犬になめられる」。多頭飼いを始めるとき、こんな話を耳にして不安になったことはありませんか。
- 犬の「アルファ」説は、囲いの中のオオカミの観察から広まった考え方です。
- 獣医行動学の学会は、犬にごほうびを使う方法を推奨し、罰や威圧を避けるよう示しています。
- 多頭飼いの犬同士に関係性はありますが、飼い主が犬を力で服従させる必要は示されていません。
- 先住犬を優先するのは、順位のためではなく、愛犬のストレス軽減や混乱防止のためと考えます。
- 犬の唸りは警告として受け止め、犬同士のケンカは任せきりにせず飼い主が止めましょう。



ひとつずつ、やさしく整理していくね。


いわゆる「アルファ」や「順位付け」の考え方は、犬のしつけの世界で長く語られてきましたが、現在は専門家のあいだで見直されています。一方で、「先住犬を優先する」という習慣自体は、いまも多くの解説で勧められています。
この記事では、古い俗説と、研究でわかっていること、そして先住犬を優先する習慣を「順位」ではなく別の理由で考え直す視点をまとめます。
「アルファ」という考え方は、どこから来たの?
アメリカの公共ラジオ番組「Science Friday」では、オオカミ研究者のデイヴ・メック氏(米国地質調査所の上級研究員で、国際オオカミセンターの創設者)らの話が紹介されています。
それによると、「アルファ」という言葉は、1947年にルドルフ・シェンケル氏が、さまざまな出自のオオカミを1つの囲いに入れて観察した研究から広まりました。
血縁のないオオカミを同居させると、地位をめぐって争ったため、トップの個体を「アルファ」と呼んだのです。
メック氏は1970年に出版した著書「The Wolf」でこの考えを紹介し、本は長く読まれました。しかし、メック氏は後に野生のオオカミ(エルズミア島やイエローストーンなど)を観察し、1999年に考えを訂正しています。
野生のオオカミの群れは、基本的に父母とその子どもからなる家族で、秩序は争いではなく、親子関係から生まれていることがわかったと紹介されています。
つまり、「オオカミの群れでは強いボスが力で支配している」というイメージは、囲いの中で飼われていた特殊な状況を見た研究が出発点だった、ということです。
獣医行動学の学会は、アルファ説をどう見ている?
アメリカ獣医行動学会(AVSAB)は、すべての犬のトレーニングと行動の問題への対応で、ごほうびを使う方法(報酬ベースの方法)だけを使うよう推奨する立場を示しています(2021年の「人道的な犬のトレーニング」に関する声明)。
2021年の声明の本文は、力・痛み・精神的または身体的な不快感に頼る「嫌悪的な方法」は、犬のトレーニングにも行動の問題の治療にも使うべきではなく、嫌悪的なトレーニングが必要だという証拠はない、としています。2025年の同学会の理事会声明は、この2021年の声明を改めて確認し、あらゆる状況で嫌悪刺激(罰)の使用を支持しない、という立場を示しています。
学会は別に、支配(ドミナンス)に関する声明も出しています。その声明では、ドミナンスを「力や攻撃と服従によって、食べ物・休む場所などへの優先的なアクセスを決める、動物同士の関係」と定義しています。そのうえで、飼い主が直したい行動(吠える、飛びつく、呼んでも来ないなど)の多くは、資源の優先権とは関係がなく、うっかりごほうびになってしまったことや、望ましい行動を教えていないことが原因だと説明しています。飼い主が本当に望んでいるのは、犬を支配することではなく、犬が自分から進んで行動してくれる状態(リーダーシップ)だ、という整理です。声明はまた、犬は約1万5千年でオオカミから大きく分かれ、オオカミをそのままモデルにするのは適切でないとも述べています。
AKC(アメリカン・ケネル・クラブ)の記事でも、物を守る行動に対して、怒鳴る、叩くといった対応や、飼い主が「支配しようとする」対応は、行動をかえって悪化させるおそれがあると述べられています。「Science Friday」に登場した動物行動のコンサルタント、アナマリー・ジョンソン氏も、犬をソファに上げたからといって、犬が家を支配していると考えるわけではないと話しています。
犬同士に「順位のような関係」はあるの?
「犬を飼い主の下に置く」という意味での順位は支持されない一方、複数の犬のあいだで、優先権をめぐる関係が見られることは研究でも示されています。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のチーム(カタ・ヴェコニー氏、ペーテル・ポングラーツ氏ら)は、2頭以上の犬を飼う世界各地の飼い主615人(対象の犬は1,082頭)にオンラインでアンケートを行い、その結果を2022年に学術誌「Applied Animal Behaviour Science」に発表しました。大学の発表や報道によると、次のようなことがわかっています。
- 年齢の高い犬ほど、「優位」のスコアが高い傾向があった
- 協調性が高く、人なつっこい犬ほど、優位になりにくい傾向があった
- 社交的で好奇心が強く、真面目な性格の犬は、優位になりやすい傾向があった
ただし、これは飼い主のアンケートによる研究で、犬を直接観察したものではなく、年齢や性格と順位の「関連」を見たにすぎません。研究者自身も、因果関係についてはさらなる研究が必要だと述べています。
また、家庭の犬は、食べ物などの資源を飼い主が与えているため、野生のように資源をめぐって激しく競う必要が少ない点も指摘されています。AVSABの声明も、ペットとの暮らしでは、資源の優先権はあまり大きな問題ではない、としています。
同じ研究チームは、ドミナンスは犬の「性格」そのものではなく、犬同士の関係を表す指標だと説明し、調査結果も「ドミナンスは独立した性格ではない」という見方を支持するとしています。また、飼い主の判断は、計算したスコアとかなり合っていたとも報告しています。つまり、「犬同士に関係性があること」と、「人間が犬を力で服従させる必要があること」は、別の話です。
「先住犬を優先する」習慣は、何のためにあるの?
先住犬への配慮は、公的な窓口や専門学校の解説でも勧められています。東京都動物愛護相談センターの「ワンニャンとうきょう」に載る家庭犬しつけインストラクターのコラムは、多頭飼いの前に、先住犬が他の犬を好きかどうかを確かめるよう勧めています。そのうえで、先住犬を優先すれば済むという単純な話ではない、と注意しています。また、初日から24時間一緒にさせず、先住犬の生活リズムを保ちながら少しずつ引き合わせることや、先住犬だけ、新しい犬だけ、飼い主と2頭で遊ぶ時間を作ることを紹介しています。
中央動物専門学校の解説(2022年1月31日公開)は、後から来た犬に注目が集まりやすいが、先住犬への対応やコミュニケーションをおろそかにしないよう述べています。急に愛情が向けられなくなると、問題行動の原因になることもあるとしています。寝床は、基本的に別々の空間を用意するよう勧めています。
どちらの解説にも、犬の「順位」や「上下関係」を飼い主が決めるという考え方は書かれていません。
私が読んだ範囲では、「先住犬を先にすると順位がうまく安定する」と直接示した研究は確認できませんでした。そのため、この習慣は「犬の順位を飼い主が決めるため」ではなく、次のような実務的な理由で考えるのが安全です。
- 先住犬にとって、新入りの登場は生活の大きな変化。日課を守ることでストレスを減らす
- 先住犬が「自分の居場所がなくなる」と感じるような扱いを避ける(嫉妬やいじけに見える行動を減らす)
- 順番を決めておくと、食事や散歩の場面での混乱や取り合いが起きにくい
先住犬のストレスについては、先住犬のストレスサインで整理しています。2頭目を迎える前の考え方は2頭目の犬を迎える前に、迎えた直後の過ごし方は新入り犬を迎えた最初の1週間にまとめています。
「古い常識」は、今どう考えられている?
| よく聞く話 | 現在の考え方の目安 |
|---|---|
| 飼い主がいつも「アルファ」でいなければならない | 群れの「ボス」ではなく、安心と信頼を築く存在であることが大切。ごほうびを使った教え方が推奨されている(AVSAB) |
| 唸った犬を押さえつけて、上下関係を教える | 罰や威圧は行動を悪化させるおそれがある(AKC)。唸りは警告として受け止める |
| ソファや布団に乗せると、犬が優位になる | 場所だけで犬が家を支配すると考える根拠は乏しい(Science Friday)。守る行動があれば、別の対処を |
| 犬同士のケンカは、順位が決まるまで放っておく | 東京都動物愛護相談センターのコラムは、犬同士に任せきりにせず、必要に応じて飼い主が「交通整理」をするよう勧めている |
| 先住犬を先にすれば、すべてうまくいく | 先住犬を優先するのは、ストレス軽減などの実務的な配慮。東京都のコラムも、先住犬を優先すれば済む単純な話ではないと注意している |
ケンカが起きたときの具体的な見分け方や対処は、犬の多頭飼いで喧嘩が起きる原因と対処法をご覧ください。
順位より、犬の何を見てあげればいい?
- それぞれの犬の「快・不快」:体のこわばり、目をそらす、口をなめるといった小さなサインを拾う
- 資源の管理:ごはん、おもちゃ、寝床を分ける、取り合いの場面を減らす
- 相性とペース:無理に仲良くさせず、距離を調整する
- 1頭ずつの時間:それぞれの犬と過ごす時間を、毎日短くても確保する
トレーナーに相談するときも、「上下関係を教える」と説明される人ではなく、ごほうびを使う方法を用い、犬の様子を観察して個別に計画を立ててくれる人を選ぶと安心です。トレーナーの選び方は、AVSABも「How to Choose a Trainer」という声明で、見分けるポイントをまとめています(英語)。
よくある質問


- 先住犬を無視して新入り犬を可愛がったら、順位が逆転しますか?
-
「順位が逆転する」という考え方より、先住犬が不安やストレスを感じて、ふだんと違う行動が出ることを心配したほうが現実的です。新入りに手がかかっても、先住犬の世話と触れ合いは変えず、先住犬の気持ちが落ち着くようにしてあげてください。
- 新入り犬が先住犬の上に乗ったり、押さえつけたりするのは「順位づけ」ですか?
-
遊びの一部の場合もありますが、片方が嫌がっている、逃げられない一方的な状態なら、飼い主が間に入る必要があります。見分けのポイントは、遊びの役割が入れ替わっているか、休憩があるか、体の動きがゆるいかなどです。
- 先住犬が新入り犬を唸って叱るのは、放っておいていい?
-
短い唸りで「やりすぎ」を伝える程度であれば、犬同士のやりとりの一部として見守れる場合もあります。ただし、噛もうとする、何度も繰り返す、新入り犬が怯えているときは、飼い主が止めて分けてください。唸りの考え方は先住犬が新入り犬に唸る・怒るときに書いています。
- 犬の「アルファ」説は、完全に間違いなのですか?
-
「飼い主が群れのボスとして犬を支配しなければならない」という考え方は、囲いの中のオオカミの観察から広まったもので、現在は見直されています。一方で、多頭飼いの犬同士に、年齢や性格と関連する関係性が見られることは研究で報告されています。ただし、それは飼い主が犬を力で服従させる必要がある、ということを示すものではありません。
- 犬をソファに上げると、飼い主が下に見られますか?
-
Science Fridayに登場した動物行動のコンサルタントは、ソファに上げると犬が自分を支配的だと考えるという心配は根拠がなく、一緒にソファで過ごすことはストレスを減らし絆を深めることもある、と話しています。ただし、ソファで物を守って唸るなど気になる行動があるときは、叱らずに専門家に相談してください。
- 多頭飼いでは、ごはんは必ず先住犬から出すべきですか?
-
「必ず先住犬から」と定めた公的な資料は、今回の確認範囲では見つかりませんでした。東京都のコラムも、先住犬を優先すれば済む単純な話ではないと注意しています。先住犬の生活リズムを保ちつつ、取り合いが起きない場所と順番を、犬の様子を見て決めてください。取り合いの対策は多頭飼いのごはん・おもちゃの取り合いにまとめています。
まとめ


- 「アルファ」説は、囲いの中のオオカミの観察から広まった。野生の群れは家族で、メック氏も後に考えを訂正している
- 獣医行動学の学会は、ごほうびを使う方法を推奨し、罰や威圧に頼る対応を避けるよう示している
- 多頭飼いの犬同士に、年齢や性格と関連する関係性が見られる研究はあるが、飼い主が犬を支配する必要を示すものではない
- 先住犬を優先するのは、順位を決めるためではなく、ストレス軽減や混乱を避けるための配慮と考える
- 唸りは警告として受け止め、ケンカは犬同士に任せきりにしない
この記事は、公表されている報道や解説をもとにした一般的な情報で、特定の考え方を断定するものではありません。気になる行動があるときは、かかりつけの獣医師や、ごほうびを使う方法を用いるトレーナーに相談してください。
- 犬同士のケンカでケガをした、出血がある、片方が震えて動けない、食欲が落ちた、下痢が続くなどのときは、早めに動物病院に連絡してください。
- 唸る、噛もうとする、物や場所を守る行動が繰り返されるときは、叱ったり押さえつけたりせず、ごほうびを使う方法を用いるトレーナーや獣医行動を扱う動物病院に相談してください。
この記事の運営者は獣医師ではありません。AVSABの声明、大学の発表、東京都の資料などを読んでまとめた一般的な情報で、特定の考え方や個々の犬への対応を断定するものではありません。
出典と確認日(2026年11月2日)
- Science Friday「The Long Legacy Of The Alpha Wolf Myth」(2023年4月21日。オオカミ研究者デイヴ・メック氏、動物行動コンサルタントのアナマリー・ジョンソン氏)
- AVSAB(アメリカ獣医行動学会)Position Statements:Humane Dog Training(2021)、Use of Dominance Theory in Behavior Modification of Animals、2025 Board Statement(ページ上の概要を確認)
- ELTE(エトヴェシュ・ロラーンド大学)動物行動学部門の解説と、論文「Personalized dominance」(Vékony, Prónik & Pongrácz, 2022, Applied Animal Behaviour Science 247)。飼い主615人はScienceAlertの記事の記載
- 東京都動物愛護相談センター「ワンニャンとうきょう」多頭飼いについて(家庭犬しつけインストラクターのコラム。公開日の記載なし)
- 中央動物専門学校 animal lab「犬の多頭飼いを成功させるポイントは?」(2022年1月31日公開)
- AKC(アメリカン・ケネル・クラブ)「Resource Guarding in Dogs」
確認できなかった点:日本の獣医行動学の学会による、アルファ説についての公式声明は見つかりませんでした。AVSABの2025年の理事会声明は、本文ではなく公式サイトの概要で確認しています。「先住犬を先にすると関係が安定する」と直接示した研究は確認できていません。旧版にあったエランコ、オールアバウト、ロイヤルカナン、Faunalyticsの記述は、今回の確認で原文を読み直せなかったため、この版から外しました。
この記事の執筆者
ルーク隊長(犬のまとめ 運営者)
子どもの頃から20年以上、犬との暮らしを続けている犬好き。身内にペットトリマー・ドッグトレーナーがおり、日常的に多くの犬と接する環境にある。



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